江戸時代、「朝鮮通信使」は朝鮮半島から日本に派遣され、日本と朝鮮の信頼関係を深めるため12回の来日を行った外交使節です。その一行について記述された日韓の文書や絵画などが「朝鮮通信使に関する記録」として、2017年10月31日に「世界の記憶」として正式に登録されました。

 通信使の寄港地である福岡藩(12回の来日のうち11回)は、一行の接待や文化人の交流の場所を相島として手厚くもてなしました。今回登録された資料の中に新宮町からのものはありませんが、「航海の中で初めて見る神仙境(しんせんきょう)である(「海游録(かいゆうろく)」より)」と、相島とそこから見える風景や客館のようすなどが、通信使による日本紀行の中に記載されています。

 このように記載された風景は、実際に相島で見ることができます。それは、鼻栗瀬(めがね岩:福岡県指定名勝)や福岡藩が朝鮮通信使を迎えるために造った波止場(前波止・先波止)や井戸跡等です。また、シーオーレ新宮4階の町立歴史資料館には、通信使をもてなした食事(饗応食:きょうおうしょく)のレプリカ、客館跡を調査したときに出土した陶磁器の破片や通信使船の模型等を展示しています。

前波止先波止

・今も残る前波止(写真左)と先波止(写真右)

(注)これらの波止場が記憶遺産として登録されたのではありません。

  「世界の記憶(世界記憶遺産)」とは?

   ユネスコ(国連教育科学文化機構,UNESCO)が行っている「世界遺産」「世界無形遺産」と並ぶ三大遺産事業の一つで、人類にとって貴重な歴史的文書等の記録類を、最新の技術を使って保存し、広く公開することを目的としています。現在登録されているものに「マグナ・カルタ」「アンネの日記」などがあり、2011(平成23)年には山本作兵衛が描いた筑豊炭田の炭鉱画が日本で初めて登録されました。

 今回、「朝鮮通信使に関する記録」「上野三碑(こうずけさんぴ)」が登録され日本からは7件となりましたが、「朝鮮通信使に関する記録」は日韓共同申請のため、国内の登録件数には含まれません。