独鈷寺の写真 西暦805(延暦24)年、遣唐使で唐に渡っていた最澄(のちの伝教大師)が帰国し、古賀市花鶴浜に上陸しました。布教の拠点となる寺を建てる場所を探すため、唐から持ってきた独鈷(とっこ)と鏡を投げると、現在の立花山の方角へ光を放ちながら飛んでいきました。
 最澄は、その跡を追っている途中、一人の猟師、源四郎と出会います。「狩りをしている途中、何かが飛んできて傍らに落ちたので急いで山を降りた」と話したので、そこへ案内してくれと頼みました。
 最澄は源四郎の案内を受け独鈷と鏡が落ちた場所にたどり着きます。そしてその場所に小さなお堂を建てました。そこは現在の独鈷寺がある場所です。毘沙門天像の写真
 最澄はしばらくの間、源四郎の家に滞在し布教を続けました。源四郎の家を出発するとき、最澄はお礼に、「横大路」の姓と、唐で自ら彫られた「毘沙門天像」、唐の天台山より持ち帰った「法理の火(ほうりのひ)」を授けました。
 また、水がないのを知って、家の近くに自らの錫杖を突き刺すとそこから清水が湧き出てきました。これは「岩井の水」として伝えられています。残念ながら、今は水は涸れている状態です。